「時代の流れには逆らえません 四十九日餅編」
久しぶりの「時代の流れには逆らえません」です。
前回は、2022年6月1日の第63回住職コラム「時代の流れには逆らえません 七本塔婆編」でした。
今回は、四十九日餅についてです。
四十九日餅は、四十九日法要の際にお供えする餅(小餅が48個、親餅が1個又は小餅が49個、親餅が1個)ですが、現在では形式的にお供えするだけになっています。
釣月寺では20年程前まで、お供えした餅を法要後に升を裏返して升の底(なぜ升なのかは不明)で切り、塩をつけて食べる(生餅)という事をしておりました。
隣の富士市では葬儀の際、会葬者が焼香後に切った餅を食べるという風習があります。(これも生餅)
以下引用になります。
「四十九の餅は人間の大骨と血肉を表しており、滴中陰を過ぎると中有から他界に移る死者の五体五輪を、これらの餅で支え助けるのだといわれています。
また、死者が地獄などの世界に行ったとき、手足など身体のあちこちに釘を打ち込まれるので、この四十九日餅を作って地獄の冥衆(鬼類)に献ずることによって、釘が餅に当り、死者が苦痛を受けずにすむともいわれます。
あるいは、四十九の小餅は参会者や親族に配って食べてもらうことで、死者の身体の節々に打ち込まれた釘が抜けるともいわれます。」
上記の様な事から、四十九日法要の際には四十九日餅をお供えしますが、四十九日餅を用意する方が以前よりも少なくなった事、餅を用意するのに五千円程する事から、四十九日餅をお供えとして用意して頂くというお話はしておりません。
今までやってきた事には意味があるので、その事を伝えていかなければと思いますが、形式的なものになっている事もあり、難しいところです。